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《6月訪朝に関する報告》(2002.6.20.4〜6.29)
アリラン京都同胞ツアーに同行させていただき、共和国に歯科医療器具と結核治療薬を送ることを目的として、2002年6月19日出発、二人の10日間の共和国滞在の記録です。
◎6月19日(水) マンギョンボン号’92 舞鶴港 出港。
◎6月20日(木) ウォンサン着(ソンドウォン観光旅館一泊)。
◎6月21日(金) ピョンヤンホテル お昼に到着。
◎6月22日(土) 午前中は市内を散歩。
午後、3号バス案内員らとピョンヤン育児院訪問、病院訪問について打ち合わせ。
この時点で病院訪問は、ピョンヤン医大訪問後に相談するよう、言われた。
◎6月23日(日) ピョンヤン育児院訪問。育児院の玄関には、船で送っておいた、粉ミルク300缶と歯ブラシ1000本が積まれていた。訪問の際に京都女性同盟からのバナナのプレゼントも持参した。
院長、院内専属小児科医師と歓談し、院内を見学。
◎6月24日(月) ピョンヤン医大訪問。副院長先生(胸部外科教授)と面談。
肺結核は、大学病院では、稀にしか患者がいないため、ここでは、治療薬を必要としない、との説明あり、薬は渡せず。
口腔外科診療室を見学し、口腔科科長から、説明を受けた。麻酔薬が不足しているとの説明あり薬を渡す約束をした。
結核薬の引き渡し先について、案内員と再度交渉。実際に、患者を診ている医師に、治療方法を説明して、渡したいとの要請。
◎6月25日(火) ピョンヤン医大に行き、口腔科に麻酔薬と注射針のセット100人分、マスク、ゴム手袋を届け、玄関先で口腔科科長に手渡す。
午後から、ピョンヤン第三予防院(結核専門施設)を訪問。
院長、外科医長と面談し、薬の説明。薬は、ほとんど足りている、との説明があったが、二人分の薬を手渡した。
この日、はじめて、総連の代表がホテルにいるので、その人となぜ話をしないのか案内員に訊かれたので、その人と面談。改めて、結核薬を必要としている病院を探していただくよう、協力を要請す。
◎6月26日(水) ホテル内で一日待機。朝鮮将棋を習いながら、交渉相手を待つ。
海外同胞営接局(?)の方が現れて、今回の共和国訪問の目的を改めて訊かれたので、説明した。そして、ピョンヤンでは薬が十分あるのならば、ウォンサンの結核病院に連れて行ってもらえないか、交渉した。
連れ合いは一人でお昼に散歩し、区間病院(ホテルから500メートルくらいのところ)の玄関で写真を撮っているところを、病院の職員に質問され、ホテルまで連れ戻された。カメラを没収されたが、後から返却された。
◎6月27日(木) 午前中、カルリムキル診療所訪問。所長と歓談。
院内を見学し、特に口腔科では、ドクター、歯科技工士と直接話し合い、何が不足しているか具体的説明を受けた。
午後、第三予防院、再度訪問。内科のドクターと話ができ、薬の説明ができたので、12人分の結核治療薬6ヶ月分を手渡した。
ガラスの注射器と注射の針が足りないとのことなので、次回、送ることを約束した。
◎6月28日(金) 朝8時ピョンヤン出発。ウォンサンのホテルに午後12時着。
午後3時、ウォンサン市内のカンウォンド育児院見学。
女性同盟京都本部の方も同行す。院長と歓談。
事前に日本から送った、粉ミルク100缶は玄関に積まれており、無事到着したとの報告あり。院内見学。
今回は、ウォンサンでの結核病院見学は無理だろうとの連絡あり。残りの結核薬は、日本に持って帰ることになったが、夜になって、急に、ホテルまで結核専門医師が来るとの連絡あり。
夜7時半、ホテルの面接室で、カンウォンド人民病院呼吸器内科医師と面談。呼吸器科の入院患者のうち、常に平均5〜6人の結核患者がいるとのこと。結核治療について説明し、残りの薬を手渡した。
◎6月29日(土) 朝9時 ウォンサン港出港
マンギョンボン号’92内で船医先生より、気管支喘息の治療について、質問を受けた。吸入薬が不足しているとのことで、吸入薬を船に送る約束をした。
◎6月30日(日) 舞鶴港 到着
今回の訪問によって、今後も共和国への支援は、今回限りで終わるのではなく、私たち二人の力を合わせて、出来るだけのことはしたい決心しています。

カルリムキル診療所口腔科(6月訪朝)
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ピョンヤン医大口腔科(6月訪朝) |

ヲンサン育児院(6月訪朝) |
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