《9月訪朝に関する報告》(2002.9.4〜9.7)
1.事前に準備したこと
日程、訪問先、面会人リスト、事前に船便で送る医薬品のリストを総連中央、共和国に申請した。
カンヲンド育児院、ファンヘプット育児院へ粉ミルクをそれぞれ200缶(25箱)づつ送る手配をした。
行きは万景峰号で、帰りは飛行機で移動する為にビザの手配を、総連中央と旅行社に依頼した。
2.訪朝報告
台風の影響で船が遅れたため急きょ飛行機に変更した。
総連の対応が迅速だったため、9月4日関空発、大連、瀋陽経由平壌。9月7日帰日の旅程が確定できた。ビザが共和国のものなのか、中国のものなのか、総連の対応に混乱があった。次回以降も毎回、時間と費用と、手間がかかる手続きの簡略化を検討願いたい。
新潟での手続きに錯誤があったため、本来持ち出せる医薬品を船に積むことができなかった。通産省、大阪税関に直接問い合わせたが、「共和国への搬送は問題ない」という回答だった。(本来、輸出用でない医薬品についてココムによる輸出規制には該当しないのだが、新潟税関か祖国訪問事務所か運輸会社のいずれかが誤解していると思われる)
9月4日
朝、関空から、結核薬、その他を持参し中国経由で平壌に着く。船で送れなかった物資を急きょ買い揃えて持参したため、100キロ近くなり移動が大変だった。
空港には朝鮮経済協力委員会、迎接局、そして運転手さんが迎えに来た。
出迎えも問題なく、宿舎として指定されたモランボンホテルに着く。
快適なホテルだが、観光に来ているわけではないので少し豪華すぎる。
到着後、事前に申請してある面会希望者との、面会ができると思っていたが、なにも聞いていないという回答だった。
今夜、家族面会の担当者が来るから申請するように言われた。
私たちが面会を希望するのは、家族ではないと説明したが、総連からは何の申請も届いていないと言われた。
結局、担当者は、夜中まで待っても現れなかった。
9月5日
朝、担当者(家族面会担当)が現れ面会希望の申請をするように言われた。
あらためて確認したが、総連中央からは何の申請も届いていない。申請書類が其々適切な部署に届けられていないのでは、と感じた。
私たちが平壌市朝鮮経済協力委員会に送った事前リストに書いてあったことと、総連中央から送られた文書に書いてある内容が異なっていた。
総連中央とよく打ち合わせをするよう進言された。総連中央から送られた文書も見せられたが、ワープロのソフトが悪いのか、タイプライターが古いのか、朝鮮語の文書に成っていなかった。とても読めないと皆で確認した。改善課題。
9時過ぎ車にて元山に出発。
カンヲンド育児院とカンヲンド三予防院を訪問する予定
12時過ぎ元山到着、食事の後、東面ホテルにてカンヲンドの経済協力委員会と合流。
2時カンヲンド育児院訪問。
粉ミルク10箱(80缶)と医薬品を渡す。
前回届けた粉ミルクは既に飲み尽くした、とのこと。
事前に連絡した数量よりはるかに少ない量しか届けられなかったので、10月の船で送る事を約束する。
医薬品は抗生剤入りの点眼薬や点耳薬など。医師の指示に従って使用するよう伝える。
元気な子供たちに会わせてもらう。今回は泣かれなかった。
苦しいながら子供たちを大切にしている職員の方々に敬意を表します。
2時半カンヲンド人民病院訪問。
カンヲンド三予防院への訪問を希望していたが、人民病院へ案内される。
結核専門病院である三予防院へ行かなければ、今後の医療協力について協議できずとても残念であった。
人民病院にて三予防院の医師と面談。前回6月に預けた12名分の結核薬のうち、10名分は8月初旬までにすべて使い始めているとの報告をカルテと伴に受ける。
10人中8人に著効あり。
7名分の結核薬とガラスの注射器、注射針などを渡した。
人民病院には、注射器や歯科材料などを渡した。
雨の元山を後にして、平壌に戻る。
途中、山菜や五味子茶などをお土産に買う。
6時半モランボンホテル着
7時半前回の案内員と合流。
今回の訪問にあたり円滑に進むよう、共和国側の了解のもと案内員と運転手を事情が判っている前任者を指名したのだが、総連中央からは何の連絡もなかったことが判った。
今後の医療協力について意見交換し別れる。
運転手氏が翌朝、事前に平壌三予防院とカルリムキル診療所に医薬品を届けてくれる手筈となった。感謝。
9月6日。
朝9時ファンヘプットサリヲン(黄海北道沙里院)へ出発。(同4名)
10時過ぎ当地の海外同胞営接局所長と合流、保健所長と伴に育児院へ。
院長と面談。
粉ミルク15箱(120缶)と医薬品を贈る。明るい環境下、子供たちが大切に育てられているのが感じられた。オムツが不足しているとのこと。
11時三予防院(結核療養所)訪問。
院長、技術課長と面談。
病院の実情について丁寧な説明を受ける。WHOからの医薬品も入っているようだが、使い辛く効果も今ひとつとの事。
検査室、病棟の説明もしていただいた。検査器材が不足している、との事。
日本で探すことを約束する。
明るく、開放的な病院だった。土産にインジンゴ(薬草の丸薬、肝臓の薬)をもらう。
7名分の結核薬を託す。日本の治療薬、治療法に関心を示す。
平壌に戻る
3時前平壌三予防院訪問。
前回に引き続いての訪問。懐かしい人達との再会。
前回持参した12名分の結核治療薬は、適応年齢である若者を中心にすべて使用開始していた。カルテを見せてもらい、患者にも会った。誠実な対応に感激する。経過はとても良好で、今回依頼した治療方法の優秀さが実証された。
今回は10名分、託す。ガラスの注射器も100本、針と伴に贈る。
3時過ぎカルリムキル診療所訪問。
前回の訪問時打ち合わせの上要請された医薬品、歯科材料を多々届ける。
特に、抗生剤、体温計、注射器がもっと必要だといわれた。25000人を対象にしている診療所だけに尤もだが、私たちの経済力には自ずと限度があり、今後の課題。
歯科材料は特に好評で、歯科医師、補綴士ともとても熱心であり、次回の要請も多々受けた。
5時モランボンホテル
家族面会担当と会う。
面会申請者の内、総連幹部から依頼された方々との面会は、先日のカンヲンド人民病院での面会を含めて3名許可された。私たちが希望をだした3名はいずれも許可されなかった。とても不満が残った。私たちには、共和国に家族はいない。帰国した知人、この国で知り合った人達が、面会希望者になっていく。今回の訪問で知り合った人達にも次回面会を希望するが、家族でない、という理由で面会できないのだろうか?
強い不満をもって話し合いを打ち切った。
7時以降依頼された方々と順次面会し、依頼された医薬品、科学書籍を手渡す。
病人が元気になり、手渡した科学書籍が共和国の発展に寄与することを願う。
9月7日
朝10時、話し合いを持った。
経済協力委員会から、我々宛の感謝状を持参してくれた。
その後で、今回の訪問での、成果と反省点を全員で総括した。
総連が訪問に協力的だった。
平壌市朝鮮経済協力委員会が積極的に動いてくれた。
共和国の医療の実情について前回より踏み込んで、説明し視察できた。
結核の治療法、治療薬について良好な結果が得られた。
総連組織と直接関係が無い私たちによる、民間レベルの医療協力について、受け入れ態勢が出来つつある。
次回の訪問時には、平壌における出稼ぎ労働者の診療所の視察と医療協力を行うことが、合意できた。
総連中央が私たちの要請を、正確に正しいルートで担当の部署に伝達していなかったため多くの齟齬が起こった。
支援物資の輸送について円滑に行えなかった。
共和国側への要請が一方通行になり、事前に綿密な打ち合わせが出来なかった。この点については、経済協力委員会から、経済協力委員会側の問題でなく総連中央の事務能力の問題である、との指摘があった。
医療協力については多大な成果と課題が残った。特に、今後莫大な規模での医療協力が必要となるが、民間レベルでどの様に運動を広げていくのか、誰がそれを組織的に担うのか。共和国側での受け入れ態勢をどう整備するのか。其々の課題として残った。
訪問に伴う面会希望について窓口が何処なのか、今後整備する必要がある。
その他、色々意見は出たが大体確認出来たことは以上であった。
11時前、市内にて民族楽器店と民族衣装店に行き、平壌を離れた。

沙里院3予防院(9月訪朝)
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沙里院育児院(9月訪朝) |

ピョンヤン3予防院(9月訪朝) |
《九月訪朝に際して事前に送る医薬品等のリスト》
経済協力委員会を通じて送る
◆平壌三予防院
ガラス製注射器 100本
デスポ注射針 1000本
◆カンヲンド人民病院
ガラス製注射器 100本
デスポ注射針 1000本
◆カルリムキル診療所
ガラス製注射器 100本
デスポ注射針 1000本
抗生物質 1000錠
口腔科印象材 5kg
口腔科硬石膏 9kg
口腔科印象トレー 10個
義歯製作用レジン 10kg
義歯製作用人工歯 多数
歯科麻酔薬 100本
歯科注射針 100本
◆平壌医科大学口腔科
歯科麻酔薬 100本
歯科注射針 100本
◆カンヲンド育児院
粉ミルク 200缶
◆ファンへプット育児院
粉ミルク 200缶
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