《6月訪朝に関する報告》
(2003.6.26〜7.3)

「朝鮮科学院2局局長への日程調整依頼書」より

 医学者協会、朝鮮総連中央本部の承認のうえ、次回(第5回)訪朝の日程について報告します。

日程、6月26日ウラジオ経由平壌
    7月 3日平壌発ウラジオ経由日本

目的は、@共和国の地域医療の現場で結核の治療に協力する。
      A医療現場における歯科診療に協力する。
      B平壌以外の地方における医療保健活動に協力する。
      C日本からの、個人レベルでの医療協力を拡大発展させる。

6月27日は、局長または受け入れ機関との協議の時間をとりたいと思います。日程の調整も必要です。平壌市内の病院の内、幾つかを1回目の訪問します。
 
平壌三予防院では、四剤併用している患者全員の胸部写真を必ず撮影して下さい。結核菌の培養検査も絶対条件です。培養器を準備します。100V用です。200Vの変圧器を用意してください。変圧器がないと故障します。

 28日は万景台区域
金川総合診療所に行きます。今後どの様な医療協力が可能なのか協議する必要があります。必要な医薬品は国際郵便で送付しました。

 29日
江原道三予防院江原道人民病院を訪問します。
 9月にはカルテを交え治療経過の報告を受けています。今回訪問し、今後の協力のあり方について協議するとともに旧交を温めたいと考えています。結核薬も5人分持参します。人民病院にも医薬品を送付しました。できれば29日は元山に宿泊したいと思います。そうすれば
江原道育児院を訪問することもできます。

 30日
沙里院に行きます。
 9月の訪朝時、
沙里院育児院を訪問しました。今回も是非訪問し小児保健の在り方と、栄養維持管理に対して協議、協力したいと考えています。必要な医薬品は送付しました。黄海北道三予防院を訪問できれば結核菌培養器について協議したいと思います。

7月1日は平壌市内の病院を訪問します。
 歯科麻酔薬は、
平壌医大口腔科カルリムキル診療所に送付しました。
 平壌三予防院には必ず2回目の訪問をします。


 今回の訪朝ではこれまでの協力の継続と、今後如何にして医療協力のパイプを太くしていくか、関係各位と協議したい。協議をする医療関係者名簿は送付してあるので伝達をお願いします。



雑感《普通の人達》
 6月にまた訪朝した。昨年来5度目の訪朝である。
 韓国籍の私にとって朝鮮を訪問することは幾多の苦難を伴う。何故親戚もいない韓国籍の同胞が医療協力を申し出るのか訝しがる北の当局者、民間レベルでの南北交流を阻止するため反共法で取り締まると恫喝する南の当局者、何にもまして北朝鮮になんか援助するなという日本の世論。
 社会主義諸国の崩壊後、世界から孤立し未曾有の飢餓に苦しんだ朝鮮の民衆。
 戦後、朝鮮を無視し続けた日本は拉致事件を契機として、また永い断絶の時代に入ろうというのか。飢餓と病苦に喘ぐ民衆を目の前にして何事もないかのように振舞うことがどうして出来るのだろうか。
 SARSの影響でWHOの指導によりほぼ鎖国状態にある朝鮮で私が目にしたものは、普通の人達であった。
 過去4回の訪朝時の厳しい表情とは打って変わった、普通の人達の日常生活がそこにはあった。「よく来たね」とたどたどしく語りかける帰国者。患者を助けたい一心で病院中を案内し、窮状を訴える医師達。日本からの粉ミルクで、乳児達がどんなに救われているかを熱く語る孤児院の院長。道端で農作業を休んで語らう農民。水溜りで遊ぶ幼い姉妹。朝早く大同江で海老釣りをする老人。みんな普通の人である。体制の歪のなか生き延びてきた人達である。彼らに会えて本当によかったと感じた訪朝だった。