| 『高齢者らの有償送迎サービス/法制化も普及に課題―運行地域や車両などに制約』 (日本経済新聞2008.3.3) 交通空白地に住む高齢者や障害者らを自動車で送り迎えする有償運送。2006年に法制化され、地域の新たな足として期待が高まっている。だが法改正から1年半を経て、運行区域や利用者要件の厳しさなど利用勝手の悪さが浮上。運営主体からは制度見直しを求める声が強まっている。
都心から特急電車で1時間ほどの埼玉県鳩山町のニュータウン。新井正子さん(77)は、自宅前で「福祉有償運送車両」と書かれた車に乗り込んだ。向かう先は約4`離れた埼玉医大病院。「脊髄(せきずい)の手術をして歩くのが難しくなった。仕事で忙しい娘には送迎を頼めない」と週1度ほど利用する。 住民らで組織するNPO法人「21世紀まちづくりの会」は昨年10月に有償運送を始めた。住民1万6千人の2割が70歳以上。「この町では車なしの生活はできず、高齢者の移動問題は深刻」(星合達郎・副理事長)と準備に一年をかけ、開始にこぎ着けた。 《2006年に法改正》 こうした福祉移送サービスは1970年ごろに障害者の外出支援として始まった。自家用自動車による有償運送は道路運送法違反だったが、移動制約者には不可欠として黙認されていた。2006年10月の道路運送法改正でようやく正式に認められるようになった。 国土交通省によると、2007年3月末の認可団体は要介護者や障害者を対象にした「福祉有償運送」が2300、公共交通空白地の住人を対象にした「過疎地有償運送」が56。社会福祉法人やNPO法人、介護事業者などが運営を担う。 順調に広がっているようにも見えるが、移送サービス団体などが加盟するNPO法人全国移動サービスネットワーク(東京・世田谷)が昨年秋、全国の登録団体を対象に実施した調査では、各団体が運行に苦慮する実態も浮かび上がった。以前からサービスを続けていた団体は、法人格の取得や運転協力者の有料講習、膨大な書類作成など、制度で義務付けられた条件の対応に戸惑う。活動を中止したい、今後は分からないという団体も17%あった。 ドライバーに当たる運転協力者の確保もハードルの一つ。移送サービスの運転手はタクシードライバーなどと同等の二種運転免許が求められる。さもなければ国土交通大臣認定の事業所で特別講習を受けなければならない。だが同調査では「運転者の要件が厳しい」「講習(時間や場所、日程)の負担が重い」と回答した団体が6割に上った。 「21世紀まちづくりの会」も、運転協力者の確保が今後の課題だ。現在は7人の講習修了者のうち、常時、協力できるのは3〜4人。同会の場合、講習受講費は一万円を超え、どれだけ協力者を集められるか未知数だ。 運行区域の制限も利用者の使い勝手を悪くしている。例えば高齢者が隣接市町村の医療機関に通院するために有償運送を使いたいと思っても、それが認可地域外だと送迎できないケースがあるのだ。 1994年から福祉移送サービスを実施しているNPO法人「さわやか高知」(高知市)。認可を受けたときに「発着は高知市内」と規定され、隣接市の会員は有償運送ができなくなった。隣接市には有償移送団体がなく、長年移送サービスを利用してきた高齢者や家族から「何とかできないか」と懇願され、無料送迎で対応している。 《あえて無料送迎》 利用者の利便性を優先して無料移送サービスを実施する団体も出てきた。利用者から報酬をもらわなければ道路運送法に基づく認可を取る必要がないことを利用した苦肉の策だ。 今年1月に浜松市渋川地区を拠点に移送サービスを始めたNPO法人「大好き渋川」(浜松市)もその一つ。同地区はJR浜松駅から車で1時間半、800人の人口は高齢化率が45%を超える。過疎地有償運送の認定を目指して準備を進めてきた。 運行区域を「せめて隣町の病院まで」というNPO法人側の主張に対し、市側の答えは「最寄りのバス停まで」。折り合いが付かず、認可取得を断念。住民有志の会費を原資に無料送迎を始めた。同法人理事長の伊藤茂男さんは「バスは1時間に1本ほど。通院には乗り換えも必要。市側の条件では高齢者は不便なままだ」と訴える。 認可を取るための数々の条件は運行の安全を確保し、地元のタクシー会社などの経営を圧迫しないために不可欠な規制もある。ただ過疎地からの公共交通機関の撤退や高齢者人口の増加を受け、高齢者や障害者らの交通手段の確保も、また重要だ。法制化から1年半、利用者の視点に立った制度見直しも必要だ。 《多数の自治体、運営協議会なし》 NPO法人や社会福祉法人などが有償運送を行う場合、各市町村が主宰し、行政関係者やタクシー事業者などで構成する運営協議会の協議で承認されることが条件だ。協議会ではこのほか、使用車両や利用対象者、移送地域なども協議する。 ただ、この協議会すら設置されず、認可を受けられない団体も少なくない。国土交通省によると、運営協議会は2007年9月末で543。広域自治体での設置もあるとはいえ、全国的1800の自治体の約3分の1にとどまる。「タクシーや市民バスがあり、移動手段は補充できているため運営協議会を設置する予定はない」(千葉県の自治体)などと、設置要求を受け入れないケースが目立つ。 協議会の設置要求を続けてきた福岡県のNPO団体関係者は「法的認可がない以上、送迎サービスはやめざるを得ない。このままでは移動制約者がますます、外出できなくなってしまう」と話している。 |