T.スペシャル・トランスポート・サービスの必要性と全国の動き

 現在、わが国では急速に高齢化が進行しています。2015年には総人口に占める65歳以上の割合が4に1人となります。
 2000年4月に介護保険制度が施行され、この中で医療と介護を分離し積極的に在宅による医療・介護を推進する方向が示されています。このような方向の中では、通院、通所、リハビリ、社会参加のモビリティー(移動性)の確保が必要ですが、このモビリティーについての方向性や規定はまだありません。2000年11月に施行された「高齢者・身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(交通バリアフリー法)においてもモビリティー対策は盛り込まれていませんが、付帯決議として「高齢者・身体障害者等を個別に又はこれに近い形で輸送するサービスの充実を図るため、いわゆるSTS(スペシャル・トランスポート・サービス)の導入及びタクシーの活用に努めること」として努力目標になっています。
 モビリティーの確保について外国に目を向けてみると、いわゆる先進国では理念の違いはあるものの、行政府の責任として担えており、ボランティア等と連携を図りながらサービスを提供しています。我が国でも高齢者、障害者の医療目的や生活の質(QOL)に対する意識の高まりにより、送迎の需要は拡大しています。現在はボランティア団体やNPOなどが送迎のサービスを提供していますが、ほとんどの団体は規模が小さく供給の絶対量は不足しています。
 そこで移動・送迎サービスを行なう団体が協力し合い、限られた運営資源の有効な活用や情報の共有化等を図ろうと、団体の連携に対する関心が高まっています。規模や形態は様々ですが、STサービス実施団体のネットワークが相次いで組織されています。全国の主なネットワーク団体の紹介です。



1.東京ハンディーキャブ連絡会

 東京ハンディーキャブ連絡会(以下東京HCとする)は、1986年に東京都内のハンディキャブ(車椅子のまま乗ることのできる車両の通称、直訳すると手軽な・便利な乗り物)運行団体の情報交換や運行上の様々な問題を話し合う場として結成された。
 東京HCの基本的な考えは、「移動は権利である」ということである。人々が普段何気なく送っている毎日の生活の大部分には移動が伴う。すなわち移動ができなければ社会生活はあり得ないということから、移動もまた、社会的に保障されるべき一つの権利として位置付けている。
  @ 公共交通機関も含めた移送サービス全体のあるべき姿を描き、その実現に向けて努力する。
  A ハンディーキャブと運行団体や利用者、行政、公共交通機関、車両メーカー等関係者に対して移送サービスに関する情報の収集と発信を行い、問題の解決、環境づくりに取り組む。
  B 上記2点を継続的に推進できる体制の構築
 以上の3点を活動方針としている。
 具体的な活動としては、以下の内容を行っている。
  @ ハンディーキャブ運行のネットワーク化
  A ハンディーキャブ運行のマニュアル化
  B 一般公共交通機関改善運動
  C 新しいハンディーキャブ(車両)の開発のための研究とその普及
  D 「移送サービスの研究協議会」等への協力
  E 「安全運行の為の講習会」等の開催
  F ハンディーキャブ運行に伴う保険の研究
  G 一般都民への啓発活動
  H 障害者・高齢者の生活向上に伴う、その他の事業
 会員団体数は118であるが、東京都内のSTサービス実施団体のみならず、横浜市等の首都圏の団体や、青森県や兵庫県などの首都圏から遠く離れた地域の団体も加入している。また、障害者団体や自動車改造会社等のSTサービスを実施していないが、STサービスに関連のある団体も加入しており、会員のすそ野は広い。
 15年に及ぶ活動歴や会員団体数、全国に及ぶ会員の分布、日本財団等の外部組織からの認知度、全国会議の主催といった活動実績等から、東京HC自体はそう名乗っていないものの、実質的な日本の中心団体です。



2.スペシャル トランスポート ネットワークオブ 北海道

 スペシャル トランスポート ネットワークオブ 北海道(以下STN北海道とする)は、設立に向けての準備委員会を2001年3月に開催し、現在正式な会の発足に向けて準備委員会の会合を重ねている。 

 STN北海道設立の目標は、現在、北海道は個々に行われているSTサービス実施団体がネットワークを組み、利用者が使いたい時にサービスが使えるように日ごろから情報交換を行い、将来的にはネットワークを組んでいる各団体の会員がサービスの提供側のどこのサービスも使え、利用者ニーズに応えられるようなネットワークを組むことであるとしている。
 また、北海道外の各都道府県でSTサービスを行っている団体ともネットワークを組み、情報交換を行い、道外に出かける際にも利用者の移動面での心配をなくしていく活動も視野に入れている。



3.青森県移送サービスネットワーク

 青森県移送サービスネットワーク(以下AIネットとする)は、正式な発足に向けて2001年2月に、青森県でSTサービスを実施するNPO8団体と、県内の社会福祉協議会67団体に、STサービスについてのアンケートを実施した。そして同年の4月にそのアンケートを基に「青森移送サービスガイドブック」を作成し、同時にAIネット設立の為の呼びかけを行った。
 事業内容としては、
  @ 他市町村及び他都道府県からの利用者の受け入れ
  A 団体間の情報交換
  B 全国のSTサービスの発信
  C 助成金情報の配信
 以上の4つを柱としている。
 AIネットの活動方針としては、それぞれの団体の活動を尊重し、上記@、Aの活動を中心として、緩やかな連携を保つこととしている。
 各市町村の社会福祉協議会はSTサービスを28ヶ所で実施しているが、まだどの程度協力を得られるか不明であるが、青森県社会福祉協議会は趣旨を理解し、協力を約束している。



4.埼玉県移送サービスネットワーク

 埼玉県移送サービスネットワーク(以下埼玉ネットとする)は、1998年の埼玉県のボランティア大会で開催された移送サービス部会において、STサービスには、いわゆる“白タク行為”等の現行法上の未解決な問題を持っていること、事故の際の補償・責任不明確な部分を持つ現行の保険制度にも問題があること等が指摘され、個々のボランティアグループでは解決が困難であるとの結論に達し、ネットワークを結成することにした。
 埼玉ネットの活動は
  @ 埼玉県のSTサービスに関わりや関心を持つボランティア団体や個人の幅広いネットワークを作ること
  A 埼玉県のSTサービスの実施を把握し、その結果を共有すること
  B 埼玉県内のネットワークや、東京ハンディーキャブ連絡会等の他のSTサービス関連のネットワーク等との有機的連携を図ること
 以上の3点を目標としている。
 現在、正会員として26団体と2個人、賛助会員として9ヵ所の社会福祉協議会が加盟している。


5.横浜移送サービス協議会

 横浜移送サービス協議会(以下横浜協議会とする)はボランティア団体、NPO、地区社会福祉協議会を母体とする団体、地区社会福祉協議会の事業ボランティア、社会貢献活動を行う企業などで組織された「市民セクターよこはま」移動サービスプロジェクトにおいて、各団体の形態は様々であるが、移動に関する社会的課題を、ネットワークを組むことにより発展的に解決していく為に企画された。
 横浜市福祉局との懇談会、2回の準備会運営会議を経て、2000年9月に発足した。現在の会員数は、団体20、個人5である。
 横浜協議会は、「人が自分らしく生きること」と「自由に移動すること」は深く結びついてるとの考えから、移動を基本的人権の1つとして捉え、移動制約者に対し、
  @ 移動手段を確保できること
  A 移動に関する権利が社会的に保障されること
 を目的として活動している。
 活動の方向性としては、移動サービスのニーズにどう応えていくかを最優先課題として、
  @ 移送サービスの担い手の育成
  A 安全性の確保
  B 公共交通機関のバリアフリー化の拡充
  C 福祉タクシーの充実
  D 市民が自然にサポートし合う意識の醸成
 を活動の柱としている。



6.北陸移動サービスネットワーク

 北陸移動サービスネットワーク(以下北陸ネットとする)は、2000年11月に「自立生活センターハートいしかわ」(石川県)、「自立生活センター富山」(富山県)、「ふくい愛の実行運動の会」(福井県)の3つの障害者団体が中心となって設立された。
 北陸ネット設立の背景としては、1998年に北陸地区で最初に当事者主体のSTサービスを始めたハートいしかわに、STサービスを始めようとする石川県内や隣接する富山県、福島県の団体が相談を持ちかけ、そのやりとりの中で、情報交換や問題解決、サービスの向上、広域化などを視野に入れたネットワーク化の必要を感じたことがきっかけである。
 北陸ネットでは、北陸地区でSTサービスを実施する団体が
  @ 情報交換
  A サービス向上の研究
  B 公共交通機関や街づくりへの提案
 以上の3点を活動の目的として、あまり参加団体を拘束しない、ゆるやかなネットワークを目指している。



7.愛知県ハンディキャブ連絡会

 愛知県ハンディキャブ連絡会(以下愛知県HCとする)は、STサービス実施団体とその支援者が相互に親睦を図りながら、交通制約者の外出・移動に関する権利を確保・保障することを目的として、2000年3月に設立された。
 活動の方針としては、
  @ 障害当事者のニーズに応えるべく、行政区域枠に縛られない運行
  A 愛知県内の運行団体の連絡・協力体制を確立し、車両運行上の効率化
  B 安定した運行の為の法的・財政的な保障を社会や行政に訴える活動
  C 未運行地域における運行団体の設立への協力と、運行の支援
  D 住宅生活福祉機器等のリサイクル促進を含む情報の収集と共有化
 以上5点を柱にしている。
 また、具体的に愛知県HCが行う事業として、
 1.移動制約者への外出支援事業の促進
  @ ハンディキャブの運行
  A 運行サービス情報の提供
  B 広域移送サービス体制の充実と提供の促進
 2.啓発事業
  @ 公共交通機関等への福祉車両導入の促進
  A 講演会、集会等のイベントの開催
  B パンフレット等の作成
 3.相談業務
  @ 交通制約者の日常生活における外出・移動に関する相談・助言
  A 運行団体の運行・運営に関する相談・助言
  B 未運行地域における運行の促進に関する相談・助言・支援
  C ガイドヘルパー等、付き添い介護者に関する相談・助言
 4.権利擁護
 5.在宅生活福祉機器等のリサイクル促進事業
  @ ハンディキャブ事業で得た住宅福祉機器等のリサイクル情報の共有と提供
 以上をあげている。
 現在の加盟団体は14です。



8.京都移動サービス連絡協議会

 京都移動サービス連絡協議会(以下京都協議会とする)は、1999年に京都市内でSTサービスを実施する5団体により結成された。結成の背景としては、STサービスを実施しているボランティア団体やNPOの多くは規模が小さく、1つの団体でできることが限られていることから、同じ問題意識をもった団体が声をかけあったのがきっかけである。

 京都連絡会の基本的な考えは、
  @ 出かけることはとても楽しく、豊かな日常生活を営む上で必要不可欠である。
  A 移送サービスは、市民が市民を支える活動である。
  B 自分たちだけで交通制約者のモビリティー問題を解決しようとするのではなく、交通制約者の移動に関する選択肢を増やすことを目指す。
 以上の3点である。
 こうした考え方を基に、
  @ 単独では困難・不可能であることを団体間で協力
  A 交通制約者の移動に関する新たな企画の実施
  B STサービスに関する新しい様々な提案
 といった活動を行っている。具体的には予約が集中した際に、他団体への予約の一部振替などを行っている。
 他のネットワークが、緩やかな組織で、加盟団体数を増やしていこうと動いているのとは対照的に、現在の5団体をコアメンバーとして、少数精鋭でSTサービスに関する提言を行うことを活動方針としている。しかし、まったく団体数を増やしていこうとは考えていないわけではなく、コアメンバーは現状のまま、京都ネットの考えに賛同する団体は、実働メンバーとして受け入れる方針です。


9.兵庫県移送サービス

 兵庫県移送サービスネットワーク(以降兵庫ネットとする)は、兵庫県で移送サービスを行っているボランティア団体の集合体であるが、それと同時に、単独で事業を行う団体としての性格も併せ持っている。
 1999年4月に結成された当初は、西宮移送サービスを中心に各団体からメンバーが集まって活動してきたが、それぞれが通常の事業を続けながらネットワークのことを手がける形を取っていたため実態がなく、そのため外部から認められず、3年目に行き詰まった。
 そこで2001年に、実際に活動を行っていた「西宮移送サービス」を「兵庫県移送サービスネットワーク」に格上げすることで、兵庫ネットを実態を伴う団体とした。その際、兵庫ネット=長距離運行、加盟団体=地域運行と明確に位置付けを行った。
 兵庫ネットが担う役割は、
  @ 情報の集積点
  A 長距離運行の請負
  B 外部に対しての総合窓口
  C 加盟団体の相談役
  D 普及活動などといった、STサービス全体についての取り組み
 兵庫ネットは単独で事業を行う団体であると前述したが、経済面でも独立している。兵庫ネットの年間予算に占める加盟11団体からの会費は1%に満たず、移送事業の原資は医療機関からの受託事業などのコミュニティービジネス等によって賄っている。
 兵庫ネットは、究極的には誰もが全国どこでも簡単に移動できるシステムを目指し、特に新幹線・飛行機など長距離輸送を行う公共交通機関のバリアフリー化を視野に入れ、まずは兵庫県内での事業の拡大を目指している。
 兵庫県内での事業拡大に向けての活動としては、赤字になるであろうSTサービス事業を、黒字を見込める作業所の運営とセットにした形での団体の設立を支援し、STサービスを行う仲間を増やしていきたいとの考えです。



10.移動サービス 六甲たすけあい

 移動サービス六甲たすけあいは、1995年の阪神大震災からの復興支援活動に立ち上がった3団体が、
  @ STサービスの広域化
  A 情報交換
  B 活動基盤の強化
 の3点の目的として、お互いに連携して活動を行っている。
 事業内容としては、
  @ 各団体の実態調査
  A リフトカーの共同運行
  B 事務局窓口の設置
  C 共同イベントの実施
  D 実験プロジェクトの実施
 Aリフトカーの共同運行実験については、1999年9月〜2000年3月まで、「全国広域目黒チェアキャブを走らせる会」から三菱ミニカトッポを借り入れ、共同で運行実験を行った。
 現在では、京都の1団体が増え4団体で、神戸・大阪・京都間で運行を行っている。


 以上10のネットワークが動き出していますが、組織の安定性や実績、知名度などほとんどの部分で東京HCの存在が抜きん出ています。九州地区に目立ったネットワークが存在しないのが特徴的だが、STサービスの広域化といった観点から、既存のネットワークによる不在地域のネットワーク設立支援といったことも、将来的には必要です。
 また、これらのネットワークは、大都市もしくは県庁所在地クラスの都市を主な活動拠点としているが、STサービス全体の発展に向けて、今後、中小都市や過疎地などへのサービス提供に取り組むことも望まれます。