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アルコール依存症
秋山仁(喜望の家)
1.はじめに、−アルコール依存症とは?一
コーヒー、タバコ、お酒、こうした物は嗜好品です。
「毎朝、コーヒーを飲まないと目が覚めない」、「タバコを一服吸うと気持ちか落ち着く」、「仕事が終わってお酒を一杯飲むと疲れがとれる」などというように、私たちの生活の中で、摂取することで気分や集中力などの精神作用に影響を及ぼし、習憤的に使用される物です。
しかしこうした嗜好品の習憤がこうじると、心身や社会的に様々な問題を生じるようになる場合かあります。
お酒・アルコール飲料は、「酒は百薬の長」という言葉があるように、人類の文明が発生したはるか昔から、「精神及び身体を活性化させる物質」、あるいは「薬」として用いられてきました。しかし、「薬」も用い方によっては、人に「毒」となり害を及ぽすように、アルコールという「精神及び身体活性物質」もまた、それを摂取することによって、「精神及び行動の障害」を引き起こすものにもなります。それが「アルコール依存症」という慢性の病気の状態です。
もう少し詳しくいうと、アルコールが、「その人個人にとって有害な物になっているとき、これを薬物(アルコール)乱用といい、また、それに伴って、その人の身体が薬物(アルコール)に適用して、薬物(アルコール)を摂取しないと、冷や汗やふるえ、けいれん発作などの一定の症状か出るようになるとき、これを薬物(アルコール)依存といいます」。(斎藤学「人がアルコールやクスリにすがるとき」)
ちなみに「アルコール依存症」は、俗に「アルコール中毒(アル中)」といわれていますが、厳密にいえば、「アルコール中毒」という言葉は、「急性アルコール中毒」の様な中毒症状をあらわした場合のみをさします。
この病気としての「依存症」は、アルコールの他、睡眠薬や精神安定剤などの薬物、あるいは非合法の覚醒剤や麻薬などの「精神及び身体活性物質」を摂取することでも起こります。また、「精神及び身体活性物質」の摂取を伴わない、ギャンブルや買い物、仕事などといった「行動」そのものへの依存もあります。過食症や拒食症などの摂食障害も「依存症」の一つです。
2.なぜアルコール依存症は起こるのか
アルコールに限らず、依存症の原因には、様々な問題があります。
例えば、人が強いストレスにさらされるような状態か続くとき、あるいは何らかの問題に直面したとき、人は何かしらそのストレスの原因を解消したり、あるいは問題を解決しようとします。しかし、必ずしも問題が解決しない場合、代替え物を使用することで、解決を図ることがあります。飲酒は、簡単にその問題から逃れることのできる代替え物の一つです。飲酒は、その人自身による一種の問題解決の方法ともいえます。
また、何かの原因で人か深く傷つき、それが容易に癒されないときも、人は飲酒による「酔い」で自分を癒そうとします。その場合、飲酒は自分を癒す一つの「治療」行為といえます。
あるいは、人が、生活の中で充足感を得ることかできずにいる場合、飲酒による「酔い」によって、快感や充実感、あるいは幸福感を得ることを求めたりします。
以上の飲酒行為は、あくまで「偽」の問題解決方法、「偽」の治癒行為、代替え物による一時的な充足感でしかありません。ですから、「酔い」が醒めることで、また同し間題や癒されていない傷が表面化したときには、あるいは現実のむなしさに直面したときには、飲酒による「酔い」を繰り返し必要としていくのです。
そうした「酔い」による一種の快感やストレスの軽減感は、人の脳内で精神活動を支配している領域で分泌される物質によって、引き起こされているといわれています。
依存症は、一種の代替え物による「ごまかし」、「すり替え」行為であるわけですが、この「偽」の充足をもたらす飲酒は、しかしさらに飲酒欲求を大きくさせてしまいます。アルコール依存症で、飲酒が繰り返されるだけでなく、エスカレートしていくのは、こうした「満たされることのない欲求」が大きくなっていくことに由来しているといえます。
つまり、依存症の背景には、その人の心の奥底にある解決されていない、癒されていない問題が見られるということです。こうした問題を適切に解決することなしには、依存症からの回復は難しいのです。
飲酒が生活の中で、社会的なある役割を負っていることも、依存症を拡大させていく要因の一つです。飲酒が、様々な人間関係を作っていく一つの手段として、例えば職場での「飲み会」で、あるいは祝い事の席で、人間関係の「潤滑油」として役割を果たしていることなどがそれです。
3.アルコール依存症による問題
アルコール依存症の進行は、まず精神的な症状として現れます。例えば、「アルコールが身の回りにないと落ち着かない、安心できない」とか「始終アルコールのことだけを考えている」、あるいは「アルコールのことで頭がいっばいになる」といった状態です。
次に飲酒が続き、依存症が進行すると、身体的な症状となって現れます。アルコールを摂取しないでいると、「冷や汗か出る」、あるいは「手がふるえる」、「眠れなくなる」といった症状です。さらには、けいれん発作を起こしたり、幻聴や幻覚か起こったりします。
大きな問題は、アルコールの摂取によって問題行動が起こり、その人の社会的な関係が損なわれていくということです。例えば、飲酒することで日頃抑えつけていた感情を爆発させ、そのことで夫婦、親子、友人関係などの人間関係をかえって壊してしまう。または、飲酒のせいで仕事を休むことが頻繁になり、結果として仕事を失う。あるいは、生活費のほとんどを使ってしまった、などなど。アルコール依存症は従っ
て、心身だけにとどまらない社会関係、人間関係の「病」であるといえます。
アルコール依存症であるかどうかについては、以下の目安があります。
(イ)アルコールを摂取したいという「強い欲望あるいは強迫感」がある。
(ロ)アルコールを摂取し始めると止めることが出来なくなる(コントロールを喪失する)。
(ハ)アルコールの摂取を止めたときに起こる身体的な離脱症状を、軽減あるいは避けるために、さらにアルコールを使用する。
(ニ)初めは少量のアルコールで得られた精神的な作用を、使用量を増やさなければ得られなくなる(耐性が見られる)。
(ホ)アルコールの使用のために、それに変わる楽しみや興味を次第に失い、アルコールを摂取せざるを得ない時間や、またアルコール摂取の効果から回復する時間か延長する。
(ヘ)明らかに害か起きているにもかかわらず、依然としてアルコールを使用する。
以上の項目の内、3つ以上が見られる場合、アルコール依存症が疑われます。
4.アルコール依存症からの回復
アルコール依存症になった場合、人は二つの道を選択できます。
ひとつは、今まで同様、飲酒し続ける道です。もう一つは、断酒して「しらふ」の人生を生きる道です。
ここで人は決断することが必要になります。「飲み続けるのか」「問題行動の飲酒をやめるのか」。
残念ながら、誰か他の人がアルコール依存症あるいは問題飲酒の当事者を、「断酒させること」は出来ません。肝心なのは、当事者本人がどうしたいのかを自分で決定することです。言い換えれば、その本人が「どう生きたいのか」ということです。
断酒する時に、いわゆる「底つき」の体験は大きな意味を持ってきます。「底つき」とは、「もうこんな生活をしていてはダメだ。こんな生活はやめよう」と本人が思うことです。そのことが、動機付け、つまり「何故自分が断酒しようと考えたのか」をはっきり意識することにつながっていくからです。
時として、断酒することを、「私は意志が弱いからできません」と話される方がいます。大事なのは、自分の「意志の強さ、弱さ」をはかることではなく、「今、この時」に、断酒することを「自分で決断、決定」することです。
最初にアルコール依存症は、慢性の病気であるといいました。慢性の病気とはこの場合、完全な治癒はないということです。依存症を言い表すには、「私は依存症でした」という「過去形」はありません。常に「私は依存症です」という「現在形」の表現だけです。
ただし、症状の改善・回復はできる病気だということです。回復の目安としては、飲酒による離脱症状などの身体症状が軽減すること、アルコールに対する精神的な依存が軽減すること、そして、飲酒によって損なわれた社会関係をもう一度新しく形成
しなおすことをいいます。この回復は、まず断酒から始まります。断酒することによって、もう一度、社会生活を営むことが出来るのです。
アルコール依存症は「治らない」病気ですが、「回復する」病気なのです。ここで注意すぺきなのは、再飲酒(スリップ)は常にあり得るものだということです。前にも述ぺたように、依存症には、「私は依存症です」という「現在形」の表現だけしかありません。つまり、「いま飲んでいる依存症の私」か「いま飲んでいない依存症の私」のどちらかです。ですから、長い期間断酒している依存症当事者であっても、もし一口でもブルコールを摂取すれば、それは再飲酒(スリップ)したことになります。そのとき「何故もう一度飲んだのか」を考える機会にするなら、それは断酒を続けるチャンスの一つになります。しかし、そこで再飲酒した原因について考える機会を持たないでいると、短期間でまた飲酒していた状態に戻ることにつながりますし、より症状を悪化させることにもなります。
5.自分がアルコール依存症だと思ったら
もし、自分はアルコール依存症かな?、あるいはアルコールに関して何か問題があるかな?と思ったら、まず何より、アルコール専門病院・クリニックか精神病院のアルコール専門病棟に相談に行くことです。
大阪市または府下ですと、小杉クリニック、藤井クリニツク、新生会病院などが専門クリニヅクで、新阿武山病院、泉州病院などの精神病院がアルコールの専門病棟を持っています。受診して、今後の治療について指示を仰ぐことができます。
または大阪市各区の保健センターの酒害教室を訪ねて、相談することも出来ます。
あるいは、上記の病院から、最寄りの断酒会やA.A.(アルコホーリック・アノニマス)などのアルコール依存症当事者の自助グループを紹介してもらうのも一つです。
私たちの喜望の家もアルコールに関する問題の相談、回復のための援助をしています。
6.どのような治療が受けられるのか
依存症からの回復のための治療には、大きく分けて、外来・通院による治療と入院治療とがあります。
この治療を受けるにあたって、外来・通院による治療であれ、入院による治療であれ、大切なのは次の4つのことです。
まずB自分自身が病識、つまり「自分はアルコール依存症という病気だ」という認識をもつこと、その病気を受け入れることです。
次に重要なのは、A動機付けです。「何故自分が断酒しようと考えたのか」をはっきりと意識することです。
さらに、B治療を受ける上で、自分自身の目的・目標を持つことです。大事なのは、目標が現実的であるか非現実的であるか、あるいは漠然としているかどうかは、はじめは、それほど重要ではありません。治療を受けていく中で、現実を認識する力を回復し、より現実的・具体的な目標を設定し直して行くことができます。
最後にC断酒していることが前提です。
外来・通院による(断酒を前提とした)治療は、アルコール依存症の専門クリニックで受けることが出来ます。それぞれの専門クリニックで治療のプログラムがあるので、医師及びクリニックのケース・ワーカーと相談して行くことが大切です。
病院への入院による治療は、3ケ月単位で行われます。これもそれぞれプログラムがあります。
治療で大事なのは、基本的には治療の期間か、本人にとって「自分の人生を変化させ、成長していく過程」であるということです。ただそれは、本人の自由な決定と選択によってのみ可能になります。
治療の中では、依存性物質の仕組みを知ること、本人の依存症の背景にある社会的関係に見直すこと、などに取り組むでしよう。また、記憶をたどることでこれまでの人生の体験を意味づけることや、困難さや弱さなどを本人が認識し受け入れていくこと、あるいは自分の強さや能力に気づくことも課題になってくるでしょう。
グループの中で、自分の行動や態度を変化させていく練習や、新しく自信をつけて行くこと、自分で責任を引き受けていくこと、ストレスや葛藤、感情などのつきあい方等々もテーマとなってきます。
治療の終りの段階では、将来の人生設計、家族、職業、そして自由時間の過ごし方などか中心のテーマになるでしようし、自分にとって重要な人間関係の新しいあり方や、スリップ(再飲酒)、自助グループヘの参加なども同様に重要なテーマと、なります。
同じ体験をしている当事者同士のグループが、治療の期間中でもそうですし、治療が終わってからも同様に、回復のための「鍵」になってきます。
外来・通院、あるいは入院による治療か終わったら、(場合によっては治療期間中も)、断酒会やA.A.(アルコホーリツク・アノニマス)などのアルコール依存症当事者の自助グループヘの参加は、断酒を続けていく上で、一つの支えになります。
定期的に、または、生活していて危機的な状況が起こった場合に、専門クリニックの外来や保健センター、あるいは喜望の家で、相談することも、断酒を続けるためには必要なことです。大切なのは、間題が起きたときに自分一人で抱え込まないですぐに相談することです。
7.おわりに
断酒して「しらふ」の人生を生きることを決めたら、アルコール依存症からの回復の道筋はいくつもあります。「自分の『今』と『これから』をどうしたいのか」、「自分の人生をどうしたいのか」について、自分で決心することから全てが始まります。
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