「日韓投資協定」の   
危険な側面に想う
 市民の会 田村 幸二

 私たち「東大阪日韓市民の会」(以下「市民の会」)が発足したのは、1977年です。ずいぶん遠い過去の時代になりました。

《「市民の会」の原点を思い起こす》
 結成の契機になったのは、東大阪在住の在日韓国人良心囚の救援活動ですが、もう一つには枚岡地域の線材産業での中小企業の相次ぐ倒産という事態がありました。1977〜78年にかけて大鵬産業、杉本伸線、日本製線、日釘が相次いで倒産したのです。世間では、世に言う「構造不況」ということで通り過ぎようとされていました。
 しかし、「市民の会」の調査活動で、それらの企業はいずれも韓国「馬山輸出自由地域」への進出企業だったのです。
 「日韓基本条約」締結後の日本政府・商社と、韓国・朴正熙政権の合意で、東大阪の地場産業も低賃金労働者を求めて韓国「馬山輸出自由地域」に1973〜75年にかけて、工場進出を進めました。資料によると、1974年の韓国「馬山輸出自由地域」への進出企業111社のうち86%が日本企業で、東大阪の線材企業は5社、そのうち4社が倒産という事態にさらされたのです。
 韓国「馬山輸出自由地域」は、「外国人投資企業に関する特例法」により@工場用地無料、A税減免、B労組禁止などの特恵が外国人投資企業に対して法律により保障されていたのです。枚岡の4社の背景資本は三井物産、日商岩井であり、枚岡の本社工場を閉鎖して、韓国「馬山輸出自由地域」を軸に生産活動を展開しようとしたのです。
 日本のゆがんだ歴史を直視し、海を隔てた韓国の労働者・民衆との平等で友好的な関係を望んでいた私たちは、日韓労働者の共存を求めて声を上げていったのです。

《日本の韓国進出企業のいびつな労働政策》
 時代を隔てて、1989年冬。韓国「裡里輸出自由地域」で、日本の本社からファックス一枚で突然、労働者全員(230名)の解雇通告をうけた韓国「アジアスワニー」の女子労働者が、本社「潟Xワニー」(香川県白鳥)への抗議のために大阪に降りたちました。
 彼女たちは、@解雇の撤回と、Aアジアスワニー労働者ならびに大韓民国国民に対する謝罪を掲げて、渡日90日間闘争を闘い抜きました。私たちも大阪の労働・市民団体とともに、可能な限りの支援行動を取り組みました。
 彼女たちは、解雇の撤回には至りませんでしたが、多くの成果を獲得し帰国の路につきました。大きかったのは、日本からの進出企業の横暴を白日の下に明らかにしたことでした。彼女たちは「民族と人間の尊厳をかけた闘い」という言葉を残して、本国に帰って行ったのです。
 それ以降も、1991年の韓国中川電化(馬山輸出自由地域、本社:松阪)、1993年の韓国ウエスト(馬山輸出自由地域、本社:大阪)での争議の報が入り、大阪の仲間と本社との交渉を持ちました。
 最近では、韓国オムロン(オムロン本社:京都)の労働者が2000年に、本社の横暴な団体協約の破棄と職場閉鎖の撤回を掲げて京都での行動・交渉をねばり強く展開し、労使合意を克ち取りました。
 「…報告したところ、皆は感激と歓呼の涙を流しながら嬉しい万歳の三唱をしました。明日から仕事に復帰し新しい生活になるのですが、私たちを支援してくださいました方々を一生忘れることは出来ないと思います」(2000年12月お礼文)。
 こういう文章に触れると本当にほっとするのですが、「外国人投資企業の中で、最近になって図抜けて日本系の企業で労働争議が起こっていることは注目されることである。…韓国に入ってきている日本企業は、この9ヵ月にわたる連帯行動の経緯を反面教師としなければならない」(韓国民主労総)という論調には身がひきしまる思いがするのです。

 今まで触れてきた進出企業では、進出企業(日本本社)の労働者と、韓国の当該労働者との交流・連携が皆無なのです。そのことが気にかかります。一方、韓国オムロン労働者の支援活動を取り組んだ労働者・市民とは、今も交流が続けられているといいます。
 また大阪では、韓国・裡里地域(全北地域)の労働者との交流が、全港湾労組の仲間を軸に続けられており、2000年には大阪の地で韓国全北の仲間を招いて「アジアスワニーから10年、日韓労働者の集い」が催されています。
《ホッとする日韓共同の若者たちによる「報告書」》
 また、『韓国(馬山輸出自由地域)リサーチ報告書』(日韓共同/2001年2月)というのが、友人から届けられました。副題には「豊かな消費社会の裏には何があるか?プロジェクト」とあり、日韓の若い学者・学生による現地レポートです。
 「自由貿易地域の導入、拡大の背景」というきめ細かい調査レポートから始まり、「現地で働いたり活動している人々の話から見えてきたこと」。それに、まとめで「問題解決に向けての基本的方向性」とあり、@問題意識を人々と共有すること、A問題を引き起こしている、社会の主流となりがちな価値基準(経済面重視、自文化中心、結果重視など)の見直しと、それとは異なる価値観の提案、などなど…。
 いろいろと思い起こされることがあり、また、「韓国からの海外進出企業もチェックを」という若者の目から見た視点に触れることができ、本当に興味深い内容に心を震わせました。


《これでいいのか! 「日韓投資協定」》
 「日韓投資協定って何?」という仲間もいることと思いますが、正式名称は「投資の自由化、促進及び保護に関する日本国政府と大韓民国政府との間の協定」です。ほとんどのマスコミ報道でも、目に触れることのないものでした。
 韓国の労働者・民衆の間には、「また、日本政府・経済界を先頭に進出企業の横暴が始まるのでは」という危惧があり、早い段階から、前述の「アジアスワニー」のあった裡里輸出自由地域を含む全北民主労総の仲間から共同の取り組みへのエールが届いていました。でも協議期間中は、内容が非公開ということもあって、具体的な取り組みの展開とはなりませんでした。
 昨年12月に、日本経済新聞で「日韓、投資協定に合意/最恵国待遇・許認可段階で保証」(2001年12月23日付)という記事がでました。「日韓両政府は22日、両国間の企業による経営権取得や現地法人の設立を容易にするための投資協定締結で基本合意した」とあり、「労働問題の扱いを巡っては、日本側が労使紛争を懸念する経営者の意向に配慮して『労使問題の解決への努力』を条項に盛り込むよう主張。韓国側が『労組に無用の警戒心を与える』と反発していた。協定前文に精神規定を盛り込むことで決着したが、在韓日系企業の間では…」と報道されています。
 私たちは韓国の地で、外国政府・資本の圧力で「外国人投資企業の労働組合及び労働争議調整に関する臨時特例法施行令」(1970年)による労組設立及び労働争議の制限がなされ、韓国民衆の声が爆発した1986年までの長きにわたり「外国人投資企業に関する特例法」として存続したことを思い起こすのは性急なのでしょうか。
 これも前述の「アジアスワニー」の労使紛糾に関して、1990年に韓国の公の全羅北道裡里地方事務所長が出した見解。
 「本社三好社長はアジアスワニー団体協約に違反、また韓国の労働組合法違反であり、当所では数回にわたって要請したにもかかわらず拒否」「長い期間ひたすら汗を流してきた230人の労働者たちを憤激させた」という内容は、本当に過去のものになってほしいと願うものです。

 この「日韓投資協定」の日韓協議は、9回にわたって非公開で進められ、2001年12月に基本合意されたものであること。そして、今年(2002年)3月に小泉首相訪韓時に調印がなされました。
 「日韓投資協定」は、前文が「日本国政府及び大韓民国政府は、両国間の経済関係を強化するために投資をさらに促進することを希望し、投資を拡大するための良好な条件をさらに作り出すことを意図し……」から始まっています。

 問題点として指摘されている何点かを簡単に報告すると、

◎「内国民待遇・最恵国待遇の適用」(第2条、第3条)
1.各締約国は自国の領域内において、投資及び事業活動に関し、自国が同様の状況において自国の投資家及びその投資財産に与える待遇よりも不利でない特遇(「内国民待遇」)を、他方の締約国の投資家及びその投資財産に与える。
2.各締約国は自国の領域内において、投資及び事業活動に関し、自国が同様の状況において第三国の投資家及びその投資財産に与える待遇よりも不利でない待遇(「最恵国待遇」)を他方の締約国の投資家及びその投資財産に与える。

◎「履行義務要求の禁止」(第8条、第9条)
 次の要求を課し、又は強制してはならない。
1.自国の領域内において生産された物品、若しくは提供されたサービスの購入・利用。
2.一定水準の自国民を雇用すること。

◎「地方自治体の履行義務」(第22条)
 各締約国は、この協定に基づく義務を履行するに当たり、自国の領域内の地方政府によるこの協定の遵守を確保するため、利用し得る妥当な措置をとる。
◎「効力の期間」(第23条)
 この協定は、10年の期間効力を有するものとし、その後は、(2)に定めるところ(=1年前に書面による予告)に従って終了する時まで引き続き効力を有する。

 つまり、@「内国民待遇・最恵国待遇」の組み合わせにより、進出企業は最高の待遇を与えられ、A国内の産業や労働者保護法の適用が除外され、B地方自治体に履行義務を発生させながら、締結後、少なくとも10年間は効力を持つというものになっています。
 このことは、いま世界を襲う新自由主義グローバリズム(国家・民族を超えた「弱肉強食」)の流れを加速するものと言われています。
 私たちは、平等で友好的な関係を求めて、不平等な関係になることには、常々、注視・監視を日韓両民衆の共同作業で強めていかなければならないと痛感しています。

 最後になりましたが、「日韓投資協定」をめぐる日韓両政府の国会での対照的な動きを報告して、報告を終えたいと思います。
 日本の衆参両院国会では4月末と5月に、どちらも形式的なやり取りがあっただけで、すんなりと通過しています。参議院資料によると、「投票総数221、賛成221、反対0」とあります。
 一方、韓国の国会では5月末に審議が強行され、「韓国社会と経済、そして民衆の生存権全般に深刻な影響を及ぼすもの」として、市民・社会・労働団体からの大きな反対の声がまき起こっていると報告されています。
 この日韓間での温度差はいったい何なんでしょう。私は、足を踏む側の無神経さと、足を踏まれる側の痛みをともなう表現との落差としか受け取れないのですが……。
 今後の動きを見つめ続けていきたいと思うのです。友好を妨げないように、そして不平等の影で民衆が傷つけられないことを願って……。