《東大阪市の行政窓口対応
を考えるセミナー報告
〜多言語対応の必要性〜》


           市民の会 井上 和男

 NPO東大阪国際共生ネットワークでは、東大阪市の委託を受けて昨年3月に『窓口対応多言語対訳集』を完成させた。
 現在、この「対訳集」は東大阪市の行政窓口にモデル事業として配置され活用されているが、まだその存在自体が地域の外国籍住民に十分に知れわたってはいない。また実務で活用される中で、徐々に改善点もはっきりしてくる。
 この「対訳集」は、多くの外国籍住民の方々の協力により完成した。「対訳集」を作る過程で、外国籍住民が地域で生活する上で様々なことが障壁になり、私たちが想像もしないような苦労を強いられている現実もはっきりしてきた。
 外国籍住民にとって住みよい街をめざして、この「対訳集」をきっかけに出来上がった行政と地域の市民団体との協働をさらに進める為に、12月5日(日)にNPO東大阪国際共生ネットワーク主催で、
「東大阪市の行政窓口対応を考えるセミナー〜多言語対応の必要性〜」が開催された。
 会場には、地域在住の外国籍住民をはじめ「対訳集」に関わった市民団体、東大阪市当局の方など、様々な分野からの参加があった。

 はじめに、NPO東大阪国際共生ネットワーク理事長・荘嘉時さんから、「対訳集は外国籍住民と行政窓口との関係を少しでも円滑するために出来たもので、内なる国際化の第一歩です。これから皆さんの力でこれを発展させ、東大阪を外国籍住民が住みやすい街にして行きましょう」と挨拶があった。また東大阪市人権文化部文化国際課長・米嶋氏からは、全国ではじめてこのような「対訳集」を作成した経緯などが話された。
 当日、参加者には「対訳集」の抜粋が配布されており、まず、この抜粋に基づいて、この「対訳集」が行政窓口でどのように使われるかの説明が、
東大阪市人権文化部文化国際課・丹山さんより行われた。(「対訳集」については文末の「解説」参照)
 続いて、
NPO東大阪国際共生ネットワークの鄭貴美さんからは、「対訳集」作成に関わった者として、作成過程などの話があった。
 「対訳集」を作るにあたっては、地域の外国籍住民(韓国朝鮮語圏、中国語圏、英語圏)からスタッフを募り、「どんなことで困っているか」「どんなことをして欲しいか」をヒヤリングし、どんな「対訳集」が必要かについての事前の学習会が、時には行政の担当者も交えて何度も行われた。関わったスタッフは、「地域で生活する上で必要な書類の翻訳版がほとんどないこと」にあらためて気づかされたという。具体的翻訳作業に入ってからは、行政文書の翻訳が難しく予想以上に時間を要したようだ。
 そして鄭貴美さんは、「この対訳集が、言葉の通じない外国籍住民の生活を維持して行くための支えとして、冊子が擦り切れるまで利用されることを見守っていきたいと思います」と、作成に関わっての思いを語られた。

【地域からの発言】
 続いて、地域で生活する外国籍住民の方などから、実際に行政窓口や日常生活でどんな苦労があるかの発言があった。
■1989年に日本にきた韓国籍の女性
・日本に来たとき、日本語も漢字分からないし、市役所や入管での手続きに本当に苦労した。
・結婚して子どもが出来た時、病院で看護婦さんにどう説明していいかわからなかった。
・子どもが出来たときの手続きなどは、夫(日本人)がしてくれた。
・これから来る人のためにも、駅や市役所でもう少し韓国語や中国語などの表示が増えれば、私が最初に来た時のように困らないと思う。
■中国籍の生徒が多く在籍する盾津中学校教師
・外国籍の生徒の親は相談する人がいないので、学校の先生に頼るしかないということで相談されることが多い。しかし相談の解決は、実際の手続きなどをしている市役所などに結びつかないと解決しないことがほとんど。
・外国籍住民が市役所の窓口に行っても、言葉が通じないから冷たく扱われ、結局、市役所へ来た目的も理解されずに寂しい気持で帰って来ることが多かった。
・窓口の人は、まず外国人の気持ちを汲んで対応してもらう必要がある。この「対訳集」を見た外国籍の親は、「こんな良い物があったの」と感激していた。これを大いに利用して、誠意のある対応をお願いしたい。
■多国籍の学生が学ぶ太平寺夜間中学の生徒
・一番困るのは、病気やけがで病院へ行くときである。病院に行きたくても、どこに相談すればいいか分からない。病院に行っても先生の言うことが分からない。
・市役所に行っても、どうしてよいか分からない。できれば、「対訳集」だけでなく、窓口に言葉の分かる人を1ヵ月に1日でも配置してほしい。
・子どもが生まれ、多くのことを学ぶ必要があったが、夜間中学で必要なことが学べ生活が非常に楽しくなった。
■フィリピンなど英語圏外国籍住民の支援組織ポンテのメンバー
・言葉の問題は大きいが、ある程度しゃべれても、片言の日本語を話す外国籍住民対しての日本人の対応は、特にアジア系の人に対しては、ある種の偏見から非常に冷たく、相手を傷つける。
・外国籍住民の場合、言葉が多少話せても市役所などでの説明を十分理解できないことが多い。なんでもない対応が相手を大きく傷つけることが多い。
・本当の共生とは、外国人と同じ低い場所に目線を据えて、そこから見えて来ることを一緒にやっていこうとする私たちの姿勢の変革にあるのではないか。変革の主役は、外国人住民である。
■ペルー国籍の男性
・子どもを日本に呼んだとき、理由も分からず何回も書類を突っ返させられて、市役所に何度も行かなければならなかった。

【行政窓口からの報告】
 次に、
東大阪市市民生活部から、窓口での外国籍住民対応の現状、対訳集の利用状況の報告がある。
 窓口対応では、以前は日本語が話せる方が付き添ってこられるケースが多く、身振り手振りで何とか対応できたが、最近は単身で手続きに来られる外国人の方が多く、今後この「対訳集」を活用して十分な対応していきたい。また、外国籍住民の養子縁組とか結婚の手続きは、その国の法律に基づいて処理する必要があり、手続きが煩雑になるケースが多いなどの報告がある。
 「対訳集」は、市役所・行政サービスセンターなど24ヵ所の窓口に配備されているが、PR不足もあるのかまだ12回しか利用されていないそうである。東大阪市としては、この「対訳集」は窓口業務に必要不可欠であるという認識で、今後、内容を追加・充実させていくつもりであるとの考えが述べられた。

【各現場からの報告】
 報告の最後に、行政の現場での外国籍住民との対応について報告を受けた。
 最初に、
東大阪市中消防署の現場から、地域の中国籍住民の多い地域には中国語のチラシで参加を呼びかけ、地域防災の一環として「消防ふれあい広場」の取り組みを行っていることが紹介された。この「ふれあい広場」では、防火知識の普及と共に、参加者に中国語でカラオケを歌ってもらったりして地域の交流も図っている。
 また、消防局では、現在7台の救急車に救急隊員が独自に作成した数ヵ国語の「会話集」を設置し、外国人の救急対応を実施しているが、より充実したものを現在作成中である。更に、今後の対応として、救急担当者から次のような話がある。
 外国籍の人は病気になっても、どうして良いか相談する人が身近にいないため、緊急の場合でも言葉の問題などから「119番通報」をされないケースが多いのではないか。現在、ホームページに「119番通報」の仕方などを3ヵ国語で説明はしているが、「119番通報」を受ける側の言葉の問題など、今後解決していかなければならない。地域の外国籍住民が緊急の場合に「119番通報」で救われ、安心して生活できるように文化国際課とも協力してやっていきたい。
 次に、
福祉事務所の職員から、地域の外国籍住民からの生活保護申請の数が増加している現状が報告された。
 生活保護申請の審査には、ケースワーカによる本人との面接が欠かせないが、言葉の問題がある。申請者の中で中国籍の方が多いので、現在、東大阪の福祉事務所全体で中国語通訳の方が一人だけおられる。しかし週3日のパートであり、十分に対応できていない。病気になったときや職探しなどの相談に対しても、健康保険制度自体の説明からしなくてはならないし、また、ハローワークへ一緒に行くことも時間的に難しいなど問題は山積みである。
 三つ目は、東大阪市の養護教諭から
学校保健室での状況が報告された。
 保健室では定期的な健康診断を行うが、その時の調査票には当初、日本語のものしかなった。教育委員会に掛け合って、現在、東大阪では韓国朝鮮語版と中国語版が届くようになった。また、結核予防の検診についても外国人に適用できるようになっている。しかし学校での突然の病気とか、歯痛などの場合、言葉の分かる医者を探すのに大変苦労する。言葉の分かる病院の情報をもっと知らせてほしい。できれば東大阪総合病院が対応でききるようにしてほしい。
 各現場からの報告を聞いて、言葉の問題だけでなく、制度上も解決して行かなければならない課題がまだまだあることを教えられた。この「対訳集」は、それらを解決していくための最初の一歩であり、これを使うことのより、外国籍住民と地域で共生していくために解決しなければならない問題が何かが、より鮮明になって行くのだろう。

【セミナーのまとめ】
 セミナーの最後に、「まとめと提言」が
尾上皓美さんより行われた。尾上さんは、外国人女性のDV被害者支援組織「クローバー」の事務局長として活躍され、また中国語通訳者として、法律、医療、教育など生活支援分野での通訳ガイドの仕事もされている。
 尾上さんは、外国人と日本社会の間の「言葉の壁」は、お互いのコミュニケーションが取れないだけでなく、外国人に必要な情報が入らないとうことだ述べて、DVの場合でも十分な情報が伝わっていないから、DVが犯罪であることも分からず、どこに相談窓口があるかも分からないで一人で悩んでいるケースが多い。
 よく役所の方が、「けっこう日本語が分かる人が多くて、それほど困ってない」と言われるが、それは日本語が分かる外国人だけが役所に来ているからで、その他の人は、役所に行っても言葉が通じないからと最初から諦めていて、役所には来ない。だから、「言葉が通じなくてもOKですよ」ということになれば、外国籍住民は気軽に市役所に来ることができると思う。
 そして、この「対訳集」の完成がについては、まず、この「対訳集」の存在が「言葉が通じなくてもOKよ」というサインを外国人に送ることになる。同時に、市役所の職員の方が「外国人が来るのが当たり前」という意識を持って、そのための対応を考えるというような内部の意識変革をもたらす効果もある。また、この「対訳集」を、市役所とNPO、そして当事者である外国籍住民との協働作業で作られたことは、「対訳集」に当事者の声が生かされ非常にいいものになったと思う。
 しかし、いくら立派な「対訳集」を作っても、通訳の代わりにはなりません。「対訳集」は役所の伝えたい情報を一方的に伝えるだけで、当事者が言いたいことを伝える場面には通訳が必要です。また、日本ほど識字率が高くない国も多く、「対訳集」に書いてあっても読めない人がいることにも注意する必要がある。そういう意味で、「対訳集」はオールマイティではない。通訳を各窓口に配置するのは予算の面などで難しいでしょうが、どこにつなげばそういう情報が得られるかを教えてあげることはできる。例えば、言葉の分かる医療機関の情報があれば、そこにつなぐことは可能です。
 尾上さんは、窓口で適切な情報を外国人に与えることの重要性を強調されている。また、この「対訳集」の存在を、より多くの外国籍住民に知らせるため、広報に多言語で掲載する必要があると指摘されている。
 さらに、窓口に通訳を置けば外国籍住民に対して多言語対応ができるかといえば、そうではないと。日本には通訳ガイドの資格があるだけで、全ての人が医療関係や生活保護など福祉関係の通訳ができるわけではない。しかも、当事者の立場にたって行政などと交渉する必要もある。
 従って、多言語対応をやろうと思えば、通訳する人の適性を見極め、しっかりとした研修する必要がある。ボランティアで通訳の方が医療の知識が無いためにかえって迷惑をかけたり、言葉が通じる方に相談が集中するので、いろんな問題を抱え込んでしまい精神的にだめになることもある。通訳者は、つらいことを本人に言わなければならないことも多く、非常にハードな仕事であり、安易にボランティアで対応しようという発想は危険であると。
 尾上さんは、しめくくりとして多言語での対応をしていけば、外国人がどういうことで困っているのか、日本社会との間にどんな壁があるのかが分かり、改善が図られていく。東大阪市だけで解決しようとするのでなく、地域のNPOなど多くの資源とのネットワークで、より良い地域を作っていってほしい。
 尾上さんは、このように東大阪での多言語対応の今後について述べて発言を終わられた。
 このセミナーの閉会に当って、
NPO東大阪国際共生ネットワーク副理事長の合田悟氏より次のような挨拶がある。
 私たちは、東大阪が外国人に住みやすい街にしようとNPOを立ち上げた。そして、外国人が言葉が分からなくても役所に行って生活できるようにと「対訳集」を作った。これからは、日本語を覚えていただく支援もしていく必要もあると考えている。この「対訳集」は一種の経過措置であり、最終的にはこのようなものがなくても十分コミュニケーションがとれれば良いと考えている。これからも、東大阪を外国人が住みよい街にするために頑張りたい。

 セミナーは盛りだくさんな内容で、休憩を入れずに3時間にも及んだ。
 地域で生活する外国籍住民や、日々様々な問題に直面し対応している行政現場の職員からの報告はどれも新鮮で、今後、解決して行かなければならない問題を鮮明にした。セミナーを終えて、多言語対応の社会とは、多文化共生の社会とは、どうすれば可能なのか少し見えてきたような気がした。

※解説『窓口対応多言語対訳集』とは
 「対訳集」は、英語、韓国朝鮮語、中国語の3ヵ国語対応。役所の各分野別に手続きの説明、帳票類の書き方など約800ページに及ぶ。
 役所に来た目的を確認する「いらっしゃいませ編」。手続きごとの「手続き編」「帳票編」等から構成されている。
 大まかな流れは、行政窓口を訪れた外国籍住民に、まず、役所に来た目的を書いた「いらっしゃいませ編」で目的を聞く。「いらっしゃいませ編」には、3ヵ国語で様々な目的が書かれており、窓口職員はそれを指で差し、外国籍住民は指で差された項目が自分の目的であれば、そのページの下にある「はい」(中国語であれば「是」)を、違うのであれば「いいえ」(同じく「不是」)を指で差し、コミュニケーションしていく。
 次に、目的がはっきりすれば、必要書類の一覧表から必要なものを指で差して示し、対話文を指で差しながら説明をする。
 最後に、「帳票編」で見本ページを使って書き方を説明する。書類が不足している場合など、「手続状況シート」、「次回案内シート」を発行する。